雨で何もできないわ

山下です、

曇りや雨の日が続いています。

8月ですが涼しくて、とても快適です。

近所を歩いていると、お姉様方が
友達と話をしていました。

「雨で何にもできないわね~本当に」

というフレーズが聞こえました。

ガックリです。

いやいや、雨が降るから植物が育ち、
水道も使えて、涼しくて快適なんです。
とても良いことじゃないですか。

きっと晴れたら、

「暑くて何もできないわね~」

冬になったら

「寒くて何もできないわね~」

って言いますよ、絶対。

結局、何もできないことが前提で、
あとは適当に理由をつけているだけ。

ガックリです。

まあ、お姉様方にも言いたいことが
あるんでしょう。

子供も家を出て、夫は他界。

話し相手は病院仲間とお医者さん。

体力も低下して、歩くのもやっと。

戦後の好景気でイケイケドンドン
青春を謳歌した頃と比べて、
何もできないと感じたとしても
不思議じゃないです。

寂しさもあると思います。

だから、ついつい言っちゃうんでしょう。

でも、言っちゃダメです。

お隣さんに悪影響ですから。

実際、私も聞いちゃったんで、
影響を受けているわけです。

迷惑ですよ。

何もできない人なんて
一人もいませんから。

できることは無限にあります。

ですから、

「今日はこんなことを初めてみるわ」

とか

「こんな面白いことがあったわ」

「ここを改善しようと思うわ」

とかいうことをお隣さんにも

言うべきなんですよ。

..と、

まあ偉そうに言ってしまいましたが、
よくよく考えてみると私だって
結構理不尽な言い訳をします。

現状を肯定するような理由だけを
集める傾向にあります。

例えば、石ころにつまづいたら

「私は正しい」

と言う前提から始めます。

「私は正しい、なぜなら…」

という感じです。

「なぜなら、石を除去しない人が悪い」

「たまたま疲れていただけ」

「石が大きすぎる」

「石の色が地味すぎる」

「誰も注意してくれなかった」

という具合に、いくらでも理由付けします。

つまり、

「私が間違っていた」

という発想自体、ないんです。

お酒を飲むとき、タバコを吸うとき、
エッチな行為に勤しむとき、
買い物をするとき…

ほぼ100%、

「私は正しい」

と信じています。

「私は正しい」

「間違ってるのは、俺じゃない」

と信じています。

でも、これって本当に危険な信念なんですよね。

よく考えたら、ずべての行為は
私がやっているわけですから、
どういう結果になろうが、その原因は
全て私にあります。

ですから、結果を変えたければ
私自身を変える必要があるわけです。

であれば、近所のお姉様方の会話のせいで
変な気分になったわけじゃないかもしれません。

会話を聞いたのは、私です。

お姉様方の近所に住んでいるのは、私です。

聞かないような環境を用意していれば
聞かずに済んだわけです。

この考え方が正しいかどうか分かりません。

でもこう考えると、すーーっと
スッキリした気分になりました。

この世で一番理解できない人。

謎の多い不審者。

それは自分自身なのかもしれません。