無能なエリートが教えてくれた「成功法則」

山下です、

あなたは「エリート」と聞いたら
何を連想しますか?

眼鏡をキラッと光らせて、
ネクタイをきっちり締めて
眉間にシワをよせながら
電話している人。

といった感じでしょうか。

昔は「なんかスゴそうだな」って
思っていましたけどね。

でも、今は正直ムカつきます。

だって、大したことない人ばっかり
なんですもん。

本来、エリートというのは

「何かしら優れた能力を持っている人」

のことを言います。

ところが、日本では

「テストの点数が高い人」

のことを言いますよね。

だから余計にムカつくんですよ。

日本で「エリート」が存在したのは
江戸時代までの話。

身分制度がありましたからね。

徳川将軍の子供に生まれたら、
それだけで最高権力者になれました。

コネが優れていたわけです。

農家に生まれたら、米作り。

商人の子供なら、商売の後継者。

それぞれの家で専門分野があって、

プロとして生きていたわけですから、
ある意味、全員エリートでした。

俺もエリート、あなたもエリート。

だから、特に言う必要もないので
「エリート」という日本語自体
存在していませんでした。

それから、明治時代。

身分制度が廃止されました。

「生まれた家で人生を決めるのではなく
テストの点数で決めようぜ」

ということになったのです。

これなら平等っぽいじゃないですか。

勉強を頑張った人が評価されるわけです。

そうして、帝国大学の卒業生は

「エリート」と呼ばれるようになりました。

当時は、高校を卒業するだけでも大変で、
大学に進学する人なんて、かなり少ないでした。

今で例えると、国会議員になるくらいの話です。

「知り合いが国会議員だよ」という人は
そんなに多くないですよね。

それくらい狭き門だったわけです。

だから、高く評価されました。

官僚や軍の指揮官になったり、
国営企業を任されたりしたわけです。

彼らは「エリート」と言われるようになり、
これが今でも使われているわけです。

ちなみに、「テストの点数で競う」という考えは
中国の「科挙(かきょ)」から来ています。

聖徳太子が小野妹子を送っていた頃から、
日露戦争でロシアと戦うまで、中国では
この「科挙」が主流だったんです。

もちろん、今はありませんけどね。

今の日本でも受験勉強に力を入れるのは
この「科挙」を取り入れた結果です。

特に官僚は、テストの点数が高い順に
昇進することになっています。

今でも日本で「科挙」が生きていると
言えるのではないでしょうか。

なので、今は「エリート」などいません。

いるのは「自称エリート」。

私は「受験勉強のしぼりカス」と呼んでいます。

本来は、テストの成績など全く関係ないんです。

テストの点数が高かろうが、低かろうが

「その人が何をやったか」

という一点だけで評価されるべきなんです。

ところが、「自称エリート」たちには
そんな能力も予定もないんです。

だから、ムカつくわけです。

放っておいても問題のあるシステムは、
いつか崩壊します。

だから「自称エリート」たちはどうでもいいです。

問題は「自称エリート」たちの影響
を受けることにあります。

それは、学校のテスト勉強から始まります。

テストのための勉強に慣れてしまうと、
テストがなくなると勉強しません。

本来、人間は一生勉強する生き物です。

点数などで周りから評価されなくても
率先して勉強するべきなんですよね。

実際、勉強しないと生き残れませんからね。

そこに気づかないといけないわけです。

エリート意識を持っている人からは、
距離をとって影響を避ける。

自分は「凡人」意識を持ち続けながら、
どんどん勉強する。

この先に本当の成功が待っています。