英語にムダなお金と時間を使っていませんか?

山下です、

あなたは英語に自信がありますか?

ペラペラと喋り、レロレロと発音し、
「ニューヨーク」「オー・イェー」と
会話できますか?

私には無理です。

無理すぎて、そもそも自信を持とう
とも思いません。

あなたはどうでしょう。

もし、あまり自信はないけれども、
「上達はしたいな」と考えているなら、
このままちょっとだけ私のグチを
聞いてください。

私たちは中学から英語を勉強しますよね。

結構時間をかけて、頑張りますよね。

でも喋れない。

社会人になってまで時間とお金を費やし、
TOEIC (Test of English なんちゃら)とか
英会話スクールとか語学留学なんかします。

それでもやっぱり喋れません。

これって本当に不思議です。

いや、全員がそうとは言いませんよ。

でも大半の人はダメダメ。

頑張ってテストの点数は上がったとしても。

ほとんどの人たちは実際に使えません。

それで思うんです。

そもそも

1)英語はいらない

んじゃないかなって。

これを言ったらお終いなのかもしれませんが、
実際そうですよね。

普段の生活で使わないですよね。

英語を使っている人はいますよ。

例えば会社で英語しか喋れない環境にある人や、
アメリカとかイギリスで生活している人たち。

だいたい1000万人くらいいます。

でもそういう人は英語が得意です。

自信がある人たちです。

だって、毎日使っているんですから。

日本人1億2000万人中、英語が必要な人たちは
1000万人。

あとの1億1000万人にとっては、そもそも
英語は不要なんです。

これって野球みたいなものです。

野球が好きだったり、得意だったら
プロの選手を目指すのも良し、
休日に河川敷で楽しむも良し、
球場で観戦するも良し。

自由に楽しめばいいですよね。

逆に興味がなかったり、嫌いだったら
やらなければイイだけのこと。

野球が必要な人も、不要な人もいるわけです。

英語も全く同じ。

興味がある人だけ楽しく学べばいい。

英語を流暢に喋れるかどうかとか、
外国人用のテストで何点だったとか、
どうでもイイ話でしょう。

だって使わないんですから。

不要なんですから。

必要なら上達します。

不要なら上達しません、というか
上達する必要がありません。

大多数の人々にとって、英語は不要です。

にも関わらず、義務教育で教えていること
こそが問題でしょう。

また、英語を使えない先生が教えている
という事実も見逃せませんよね。

学校で英語を教えてしまうと、
テストで高得点を取るための勉強になり、
高得点を取れた人(先生)がまた教える
という悪循環が生まれますから。

私たちはこの永遠に続く大きな渦に飲まれ、
本来の目的を見失い、英語を使えないわけです。

そしてもう一つ、そもそも話を言わせてください。

そもそも、

2)英語は学問でも教養でもない

わけです。

英文学を深掘りしているような一部の専門家
にとっては学問だと言えなくもないでしょう。

でも、おそらくあなたも含めて大半の人たち
にとってはそうじゃない。

あえて言うなら、

「英語はコミュニケーション」です。

人と人とが気持ちや情報を伝えあう方法です。

ですから、テストして数値化できるような
そんな簡単の話じゃないんです。

「単語を正しく書けた、2点ゲット!」

とかそんな薄い話じゃないわけです。

英語を使っている人たちが信じる宗教、
彼らの歴史と文化、土地の気候、伝統的な食事、
流行りのファッション、音楽などを経験した上で、
顔の表情、身振り手振り、声のトーン、息遣い
などでコミュニケーションをとる。

それが英語です。

教室にこもって本で勉強するだけでは
絶対に学べません。

大きなお尻と乳房、綺麗でカワイイ現地女性に
恋をし、浮気され、喧嘩し、愛し合い、
職場では目が細い、背が低いとバカにされ
怒って、泣いて、時には笑って。

それが英語です。

学校で教えるなんてことがまず不可能ですし、
義務的に勉強するものでもありません。

ですから野球みたいなものです。

興味があるならやればいい、経験してみればいい。

なくても、知らなくても全く問題ありません。

あ、日本語で考えてみたら
一発で理解できますね。

例えばアメリカで日本語が必須科目だったら..

日本語も喋れない先生が日本語のテストで
高得点を取る方法を教えていたら..

そして実際アメリカ人のほとんどが
日本語を喋れないとしたら..

あなたならどう思いますかね。

たとえ日本語はめちゃくちゃ下手でも、
日本の歴史、文化、風土が大好きで、
納豆、味噌汁、ラーメンをズルズル音を
たてて食べるアメリカ人だったら、
私は高く評価しますけどね。

私が先生だったらテストで100点くらい
プレゼントしたくなりますよ。

逆にテストでは全問正解したって、
お箸も使えない、興味すらない人だったら
0点をつけるでしょうね。

どの言語であっても、結局のところ
心を伝えるための手段でしかありません。

テスト勉強のイメージだけは
綺麗さっぱり拭き取っておきましょう。