天才 VS. 凡人

山下です、

学生時代を思い出してください。

あなたのクラスにも、一人か二人
飛び抜けてテストの点数が高い人、

いましたよね。

「成績が良い、頭がイイ」

と言われていた人たちです。

いましたよね。

彼らの特徴として、

1)何十倍も努力しているパターン

2)特に努力していないパターン

の2つがあります。

1)の方が圧倒的に多い中、
2)の人たちは「天才」とか
言われたりもします。

もしあなたが過去に戻ることができ、
しかも能力を自由に選べるとしたら、
どっちのパターンになりたいですかね。

おそらく2)じゃないでしょうか。

そりゃ努力なんてしなくても、
勉強できる方が良いに決まってますよね。

じゃあどうすればそんなにお勉強ができるのか
違いは何なのかっていう話になりますよね。

残念ながら、私の友人には2)はいなかったので、
違いを知ることができませんでした。

そして、最近になって2)の人と
接触する機会があったんです。

それでやっと話を聞くチャンスに
恵まれたわけです。

「なぜ、テストで正しく解答できたのか?」

聞くと、

「教科書に書いてあるから」

という若干ムカつく答えを得ました。

「だって、教科書に答えが書いてあるじゃん」

「しかも丁寧に授業でも解説してもらってるし」

逆になんで分からないの?と質問
されそうな勢いで言われたわけです。

言われてみれば、その通り。

正論です。

それでもなぜか納得できなかった私は
もっと勉強方法について質問しました。

「分かりました。ごもっともです」

「他に勉強していた時、違和感というか
これはダメだなと思ったことはありますか?」

すると、

「意味のない宿題が多すぎた」

「ノートを書く意味が分からなかった」

などと、これまた正論をいただきました。

まあ、宿題についても、意味のない課題を
大量に出されることに納得できなかった
らしいです。

彼にとっては、簡単すぎたんでしょうね。

簡単すぎてやる気が出ないという
なんとも羨ましいパターンですよ。

次に、ノート。

先生の板書をそのままコピーするのは
ただの肉体トレーニングでしかない。

それなら写真で十分、ノートは不要。

ノートは完全に自分のオリジナル
でなくてはならない。

私の場合、左ページに興味を惹かれたこと、
右ページに考察を書いていた。

この右ページの質と量こそが、
その人の実力であり、教養そのもの。

…らしいです。

これまた正論ですよね。

聞きながら、私自身、

「ほんっっっっっとにバカだったな」

って自虐的になってしまいました。

特に勉強方法とか、ノートの取り方って
愕然としたわけです。

思い返すと、私がノートに書いたことって
何ひとつ記憶に残っていないんですよね。

おっしゃる通り、ただの肉体労働だったな
って実感するわけです。

私、アホでした。

でも、じゃあなんでそんなアホな作業に
当時はなぜ気付かなかったのか。

それは

「みんな、そうしていたから」

という答えしかありません。

それと、若干の強迫観念もありましたね。

「私は勉強ができない」

「どうすれば成績が上がるのかも分からない」

「親からも、先生からも見下される」

「だから、ノートだけでも頑張らないと…」

という思考でした。

これって、実は卒業後も続くんですよね。

なぜ、この会社に就職したのか。
なぜ、この方法で仕事をしているのか。
なぜ、その給料なのか。

なんだか学生時代と同じことを繰り返している
ような感覚ですよね。

お勉強が抜群にできたその人ですが、
彼にも悩みがあったらしいです。

「人と話が通じない」という悩み。

そうでしょうね。

努力せず、高成績なんて生意気ですもん。

それともう一つ、

「物事を忘れられない」という悩み。

一度教科書を読めば、話を聞けば、忘れない。

1つを理解すれば、100を理解する。

そんな頭脳の持ち主ですから、
当然“嫌なこと”も忘れられない。

いつまでも永遠に思い出してしまう。

それがツラすぎた。

だから、実は「忘れるための努力」を
結構頑張ったらしいです。

覚えるためじゃなくた、忘れる努力。

読んだばかりなのに、聞いたばかりなのに
すぐに忘れてしまう人を観察し、違いを見つけ、
モデリングしたらしいです。

お勉強ができすぎる人って、
それなりに苦労するんですね。

彼から言わせれば、

「特に努力しなくても忘れることができる」

って本当に凄い能力なんですよね。

“天才から見た凡人は、天才”

ということでしょうか。

そう考えると、若干ではありますが
その人を許してしまう自分がいました。

若干ですよ。