人生で一番面白いゲーム

山下です、

私はゲーマーでした。

もうずいぶん昔の話ですが、
家にいる時はずっとゲームを
やっていました。

楽しかったです。

当時を思い返すと、
なんであんなに熱狂したのか
不思議です。

今は全く興味がないんですよね。

心がピクリとも動きません。

なんでだろう。

技術は進歩しているはずなんです。

特にグラフィックスなんて3Dですし、
年々リアルになってきています。

スゴイとは思いますが、

「で、それがどうした」

と、もう一人の自分が冷静に
ツッコんできます。

本当に不思議なんですよね。

あんなに熱愛していたゲームだったのに、
今はすっかり冷めてしまった。

年齢のせいでしょうか。

いや、私よりずっと上の人でも、
「ゲームLOVE」な人は沢山います。

じゃあ何が理由なのか。

ちょっとだけ考えてみました。

そして得た結論。

それは、

「リアリティーがない」

という一言に尽きます。

遊んでいても、なんとなく
現実味がないんですよね、多分。

どんなに熱中したところで、
所詮ゲーム。

誰かがつくった世界。

どんなに楽しい夢であっても、
現実世界ではなにも変わらない。

時間とお金を費やして、
最終的に得られるものは「虚しさ」。

虚無感。

躍動するような喜びがないんです。

じゃあ、昔はどうして熱狂していたのか、
ってなりますよね。

今も昔も、ゲームはゲームですから
変わらず楽しくないはずですよね。

でも、若干違うんです。

昔のゲームって、今よりもずっと
クオリティー低かったですよ。

プレイ画面なんてドットの塊で
人の顔は全員同じ。

「何なのか」ギリギリ分かるレベルの
画面でした。

音楽だって、単純な電子音ですし、
人がしゃべることもなかったです。

今とは全く比べ物にならないくらい
低い完成度でした。

だからこそ、楽しかったんですよ。

欠けている情報は自分で想像する。

同じようなキャラクターであっても
想像力でカバーする、しかない。

理不尽すぎるくらい、難しい設定でも、
心底がっかりするくらい、薄い内容でも、
食らいつくしかなかったんです。

他に選択肢なんてありませんから。

梅干しの種みたいに、味がなくなっても
しゃぶり続けるしかなかったんです。

だからこそ、楽しかった。

そこには自分だけの世界がありました。

未知の世界を冒険する感覚がありました。

まったく別物でした。

..

今は技術が進化して、映像や音など
リアリティーが増しています。

現実の世界に近づいているはずなんです。

なのですが、逆に自分で想像する
必要がなくなってしまいました。

メーカーの開発者がつくりあげた情報を
ただ受け取ればいい設定です。

まるで、餌を与えられるヒナ鳥のように

パカっと口を開けて待っている状態。

だから、「リアリティー」を感じない。

つまらないわけです。

他に選択肢だっていくらでもありますから、
つまらないなと感じたらすぐやめればいい。

「俺を楽しませてくれるゲーム」

を求めてチェンジすればいい。

だから、余計に「リアリティー」がない。

つまらないわけです。

自分で動きたい、自分で創り出したいって、
人間にそなわった欲求なんですよね。

手を動かして、歩き回って、思い悩んで、
現実の世界を生きる。

生きていることを実感する。

そんな生き方こそ、最高の人生ですよ。

私たちは今、人生という最高のゲームを
プレイ中です。

映像も、音も、3D。

ものを食べたり、美人にタッチしたり
なんてことも可能。

信じられないくらいリアルなゲームを
プレイ中です。

返品不可能、チェンジ不可能。

ただ一度きりの超リアル・ゲーム。

そういう意味では、私は今でも
ゲーマーなのかもしれません。