一生懸命働けば働くほど、実は減給されてしまう暗黒の「奴隷制度」が復活

山下です、

私は奴隷です..

と言うと、

「そんなことはない!」

「日本人には人権がある」

「自由だし、選挙権もある」

「ムチで打たれることもない」

と反論されます。

確かにその通りです。

しかし、だからと言って「奴隷」じゃない
という説明にはなりません。

先に言っておきますが、
私は奴隷ですが、幸せです。

ハッピーな奴隷です。

ちょっと混乱してしまうかもしれませんが、
奴隷=不幸というわけではありません。

「本人がどう思っているか」

ということと、奴隷かどうかということは
関係がないですからね。

よくよく考えると、奴隷かどうかを決める
明確な基準は存在しないことに気づきます。

ウィキペディアによると、奴隷とは

「人権、名誉、自由がなく

他人の所有物として扱われる人」

らしいです。

「有史以来」奴隷は存在していました。

そうして1948年、世界大戦が終わってから
連合国が「世界人権宣言」と言いました。

「奴隷はダメ」

ということです。

これ以降、奴隷はいなくなったそうです。

本当にそうでしょうか。

本当に、今は奴隷がいないでしょうか。

とてもそうは思えません。

生活のためにお金が必要だから、
苦しい思いで過酷な労働している人が
大勢います。

「イヤなら辞める自由がある」

と言っても、本当にそれで自由と
言えるのでしょうか。

多くの場合、辞めずに我慢して働くのは、
辞められない理由があるからです。

つまり、お金がないと死んでしまうからです。

だから、生きるために働く。

簡単に言うと、

「お金の奴隷」

です。

どんなに苦しくても、イジメられても
理不尽に安い給料でも働き続けます。

それしか生きる道がないからです。

これでは奴隷と呼ばれていた人たちと
ほぼ同じです。

彼らは生きるために、従事しました。

逃げ出したら生きていけません。

食事、安心できる生活、給料のために
働いていたんです。

主人から無理難題を押し付けられても
歯を食いしばって生きていました。

今と同じです。

優秀なサラリーマンが売買されています。

スポーツ選手が典型的な例です。

球団どうしで多額の現金をやりとりし
選手を売買しています。

当然ながら結果を残せなくなれば
冷淡にポイ捨てされます。

これはもう、奴隷です。

..

「でも、選挙権がある」

という反論があるでしょう。

あなたの選挙権、清き一票。

開票場で正式にカウントされていますか。

残念なことに確認はできません。

ではどうして確認できない仕組みに
なっているのでしょうか。

どうしてあなたの一票が生きている
といえるのでしょうか。

一票も獲得していない人でも、

議員バッジを付けることができるのは
どうしてでしょうか。

驚くほど欠陥だらけの選挙権で、

奴隷じゃないと言う理由にはなりません。

..

毎年のことですが、「就活本」と呼ばれる
書籍が多く売れています。

子供達が企業と契約を結ぶための方法を
紹介している本です。

企業説明会に押し寄せる学生さんたちを見ると、
なんだか切ない気持ちになります。

「本当に実態を知っているのかな」

と言いたくなるんです。

黒装束に身を包み、履歴書を書き、
将来のキャリアを考え、自分をアピール。

雇用契約書にサインするために頑張ります。

お金と引き換えに、自由を捧げる契約。

それから5年、10年勤めて「奴隷制度」に気付く
ようでは可哀想です。

他人の言うまま、召し使い状態になっても

「これでいいんだ」

と言い聞かせながら生きるわけです。

いや、実際に幸せな人もいますよ。

でも全員じゃありません。

だからこそ、最初に

「あなたは奴隷です」

と教える必要があります。

後になって気付いて

「騙された」

ということになるよりも、
納得した上で奴隷になればいいんです。

幸せな奴隷になればいいんです。

私は

「人類=奴隷」

だと思っています。

そういう生き物なんですから、
しょうがないと思っています。

お金のため、人のため、自分の夢のために奉仕し、
命を捧げているのが人間です。

どんなに金持ちで、どんな権力者であっても
必ず上の存在があります。

だから幸せなんです。

「このために命を捧げる」

という夢や目標があるから、楽しいんです。

逆になかったら、最悪。

不幸な奴隷です。

あなたの支配人は誰ですか?

あなたは誰に、何に命を捧げていますか?

あなたは幸せな奴隷ですか?