なぜ、坂本龍馬は日本人を救ってくれないのか?

2017/12/26

 

山下です、

歴史の勉強、大嫌いでした。

何百年前に誰が何をしたかなんて、
全く興味がなかったんです。

あなたはどうですかね?

日本史とか世界史、好きですか?

当時、歴史は必須科目でしたから
しぶしぶ日本史を勉強したわけですが、
私にとって本当にストレスでした。

でも、好きな人っているんですよね。

今でも覚えているのですが、
テストの点数が歴史“だけ”高かった
友人がいました。

彼は有名人の話になると、
目を輝かせていました。

四字熟語みたいな人物名を
漢字で間違いなく書いて、
なんだか得意げでした。

若かったあの頃を思い出すと、
本当に懐かしいのです。

が、

コレだけは言いたいんです。

今まで、

「日本史の勉強、役立ったな」

「年代覚えてよかったな」

って思ったことが一度もないんですよ。

一度も…

本当に意味ないことに時間を使ったな
って思います。

分からない事があれば、グーグルで
検索すればいいわけですしね。

それでも分からないようなことは、
専門家に任せればいいでしょう。

生徒全員に暗記させるようなこと
だったんでしょうか。

センター試験や大学入試で正解した
として、一体それに何の意味がるのか
いまだに分かりません。

今も必須科目なんですよね、多分。

もうヤメたほうがいいですよ。

その理由を2つ言いますね。

1)歴史は変わる

私たちには寿命がありますから、
今120歳のおじいちゃんでも、
最大120年前のことしか知りません。

ですから、それより昔の事になると、
書物の記録や証言、遺跡を頼りにするしか
分かりようがないですよね。

ですから、昔になればなるほど
真実は分からなくなります。

専門家の方々がどんなに頑張ったって、
タイムマシーンでもなければ
本当の事実なんて分かりません。

「本当かどうか」

誰も分からない世界なんです。

そして、最も厄介なのが
『希望的な予想』でしょう。

事実がわからない状況では、

「こうあって欲しい」

という“偏った見方”が強烈に効きます。

特に日本という立場、学者さんの立場が
歴史を作り上げるわけです。

都合の良いところを、都合の良い風に
見て、解釈して、教科書に載せる。

私たち人間ってそんな生き物ですから、
良い悪いの話じゃありませんよ。

親友や家族には甘いですし、
敵には厳しいものですからね。

ですから、そもそも事実が不明確で、
さらに偏ったフィルターを通したら
かなりフィクションに近い部分が
多いんだろうなと思うわけです。

それがテストに出る。

正解、不正解で選別される。

そんなおかしな話、ありませんよ。

2)役に立たない

そして二つ目。

コレはかなり決定的なのですが、
役に立ちませんよね、歴史って。

そりゃ昔は意味があったと思いますよ。

でも今は違います。

20年前とは比べ物にならないほど、
インターネットが普及しています。

年号とか人物の難しい漢字なんて
検索すればいいんです。

しかも昔から教えるじゃないですか。

マンモスと戦ってた頃から話が始まって、
100年前くらいの今役立つ“かもしれない”
近現代史を教わる頃には、もう卒業ですよ。

今はどうか分かりません。

でも、私の頃は第二次世界大戦から
平成までサラッと終わりました。

なんなら戦国時代の方が時間をかけた
ような気がします。

それじゃ、役に立ちませんよね。

今、日本はどんな状況なのか。

これからどうすればいいのか。

過去に学び、未来に生かすために
歴史って勉強するんですよね。

ですから、本来は今の問題点、
そして打開策についてテストする
べきなんですよね、日本史って。

じゃなければ一切ムダ。

..

武田信玄とか、坂本龍馬などが
教科書から消えるという話があります。

正直、そんなことどうでもいいです。

何のための必須科目なのかを議論しない、
そもそも見当はずれの話題ですからね。

そりゃ興味がある人は、どんどん
率先して学べば良いんですよ。

でも、それは趣味の範囲。

好きな芸能人を追っかける
熱狂的なファンと同じです。

好きならとことん情熱を
注ぎ込めばイイ。

でも、全員の義務じゃないですよね?
っていう話です。

過去の偉人たちをいくら追っかけても、
彼らが私たちを救ってくれることなんて
絶対にありません。

もう死んでますから。

ですから、

なんのための勉強なのか。

なんのための教育カリキュラムなのか。

なんのための大学入試なのか。

とことん聞いてみたいですね。

いや、もちろん学生にもそうですが、
文科省の次官や教育委員長にも
具体的に答えてもらいたいです。