しっかりサボり、こっそり働く

山下です、

「あの人はしっかりしている」

とか、

「この人はいい加減だ」

とかいう評価を、私は今までに
何度も聞いてきました。

特に母親から言われて育った
ような気がします。

あの人はきちんと大学を卒業して、
結婚して、会社で頑張っている。

NHKの受信料も年金もしっかり払い、
病院で人間ドックもしっかり受けている。

だからあの人はしっかり者だ。

この人はろくに勉強もせず、
仕事も結婚もせずにフラフラしている。

部屋も散らかって、体もだらしなく、
引っ越しばかり繰り返している。

だからこの人はいい加減だ。

そんなことをよく言われながら、
もちろん前者になるように教育
されてきたような気がします。

確かに正しい意見なのかもしれません。

ですが同時に、大きく間違った評価を
してしまう可能性もあるんです。

例えば、しっかり者になろうとすれば
失敗を許せない考え方が強くなります。

成功するために入念に勉強し、計画し、
完璧な準備を求めるようになるわけです。

そうして行動が遅れ、行動できなくなり、
異なる意見が耳に入らず、前例のない
ことは避けるようになります。

そうして結局のところ成功とは呼べないくらい
小さな結果で満足してしまうわけです。

逆に、いい加減な人だからこそ
できることもたくさんあります。

失敗を気にせず行動することで、
大多数のしっかり者たちよりも
大成功する可能性だってあるわけです。

運動とかサプリメントに興味がない方が、
実はストレスがなく健康に良い可能性だって
十分あります。

ですから、私は思うんです。

「正しい意見なんて存在しない」

と。

同時に間違った意見もないと。

ただその人はそれを信じているというだけで
その意見が正しいかどうかは分かりません。

人それぞれ、信念や価値観は異なるわけです。

自分の意見を持つこと、知ることは大切ですよ。

でも、その意見は絶対に他人とは異なります。

大きく違うか、小さく違うかの差はありますが、
絶対に違うことだけは確かです。

ですから、この事実を知り、可能な限り
「異なる意見を聞く姿勢」が重要でしょう。

正しいか、間違っているかと捉えると
そこに摩擦が生まれ、喧嘩になります。

「オレは正義、あいつは悪」

ということになり、最終的には殺し合い、
戦争になるわけです。

最近、自己主張する人が増えています。

「私はこう思う!」

と堂々と言うことは大切ですし、
若干、自分の意見を言える人が評価される
ような雰囲気も感じます。

ですが、その前にもっと大切なことは、

「正しくないよ、間違ってるかもよ」

と一歩引いて捉える姿勢でしょう。

ここからは私の偏見ですが、
他国で戦争ばかりしている国は、
自己主張が強い気がします。

大声で主張した者勝ちのような
雰囲気さえ感じます。

どれだけ外見をビシッと決めているか。

どれだけ話術や論理で武装しているか。

そういった他人を打ち負かすことだけを
意識したスタイル。

それを日本人にも使う人たちがいますが、
私は不要だと思いますよ。

そんな自己主張よりずっと大切なことが
ありますから。

つまり、「全員異なる」という事実を
何よりも胸に刻んでおくことです。

あなたの中で、「しっかり者」とは
一体どんな人のことでしょうか。

その人は本当にしっかり者でしょうか。

ひょっとすると、ただの思い込み
かもしれませんね。