男の使命

山下です、

私はエロい男です。

街を歩いていても、つねに美女を探し、
遭遇したら必ず見ます。

見るだけで、楽しいです。

ワクワクします。

生きる希望が湧いてきます。

この前、たまたま、目の前を
美女が歩いていました。

パッと目立つ服装をした女性でした。

もちろん、彼女の後ろ姿を見ながら
しばらく同じ道を歩きました。

それで、ふと気付いたんです。

すれ違う男は全員、彼女を見て行きます。

100%、全員です。

シャツがめくれ上がるくらい
お腹の出たおっさんも、
暇そうに自転車でフラフラ移動中の
おっさんも。

(全員おっさん)

つま先から頭のてっぺんまで
ジーロジロ、ジーロジロ、
3往復くらい見ていたんです。

私も見ているわけですから、
気持ちはよくわかります。

でも、ハッキリ言って見られすぎ。

もし、私が彼女の立場だったら、
絶対喧嘩になりますよ。

「てめー、なに見てんだ?コラ!」

ってやつです。

多分、二人目くらいからそうなります。

でも、彼女は若干下を向きながら
テクテク歩き続けていました。

それで、気付いたんです。

「美女はジロジロ見られている」

という事実に。

想像以上に、見られながら生活しています。

私だったら耐えられません。

その時は、ほんの2分くらいしか
観察していません。

それで、あれだけ見られるわけです。

これから何十年もあの状況で生きるなんて、
本当に辛いだろうなと思いました。

いや、世の中には「見て欲しい人」も
いるのかもしれません。

そうだとすると、私のように「見られたくない人」
にとっては苦痛かもしれませんが、「見て欲しい人」
にとっては快楽の可能性もあります。

よくよく考えて見ると、「見られたくない人」が
わざわざ派手な服を着るでしょうか。

そうじゃなくたって、美人なんですからね。

絶対に見られることくらい分かっているはず。

全て計算だとしたら…

「見て欲しい」のだとしたら…

話がまとまります。

本当のところは、本人に

「見て欲しいの?」

ときくしか確かめようがありません。

でも、そうなんだと思います。

「見て欲しい」のでしょう。

私はエロい男です。

綺麗なお姉さんが大好きです。

ですから、必ず見ます。

見るのですが、実は罪悪感もありました。

「あんまりジロジロ見たら悪いな」

と思いながら、それでも見ていました。

なぜなら、私だったら「見られたくない」
からです。

私にとって「見られる」ということは、
宣戦布告、挑発行為でしかありません。

それと、ただ見ているだけじゃない
ということもあります。

エロいことを想像しながら、見ています。

「このままベッドインして、あんなことや
こんなことまで…」

なんていう下心もあります。

だからこそ、「悪いな」と思うわけです。

でも、これからは大丈夫。

セクシーなお尻で、きわどいスカートの女性
と遭遇したら、見ても大丈夫。

目を見開いて、最低5秒は凝視。

むしろ、見てあげないといけません。

圧倒的に感動するような胸元を見たら、
全ての作業を止めて、見ることに集中。

だって、見て欲しいんですからね。

(多分)

本当に見られたくなかったら、
90歳のおばあちゃんみたいな
服装をするはず。

全身、迷彩柄で、長袖、長ズボン。

どんな美人でも、あれなら見られません。

(多分)

そうじゃないということは、
そうじゃないんです。

男が美女を見ることは、社会貢献であり、
世界平和に繋がる行為。

人類のため、地球のため、宇宙のために、
セクシーな美女はガン見してあげましょう。