なぜ、SNSで人間関係は広がらないのか?

山下です、

昨日の話、

人間 VS. スマホ:
http://bbs-manager.net/nsm-1250.html

についてある人から反論いただきました。

「SNSは人間関係を広げている」

という内容です。

私は「孤立化」と言いましたが、
それは逆で、世界中の人と友達になれる
可能性をSNSは提供しているということ。

それともう一点。

「SNSでも会話はできる」

という指摘です。

メールや写真、動画を送信することで
人間同士の会話をおこなうことが可能だ、
という内容でした。

ご意見ありがとうございます。

私の説明が十分ではなかったので、
うまく伝わらなかったと思います。

ですから、今回もう一度話しますね。

まず、

「全部フェイク」

という前提を押さえておく必要があります。

そう、スマホで見るSNS情報は
全部ウソなんです。

まあ、嘘は言い過ぎかも知れませんので
フィクションだと捉えてください。

その人、その出来事はホントであっても、
全ては”SNS用”に用意されたものです。

顔写真でも、メイクして、照明を気にして、
ベストショットを更にアプリ加工した写真
ですから、実際にはそんな人は存在しません。

動画だってカメラの前で演技したものです。

カメラを自分に向けながら泣いたり笑ったり
している現場を見ると、引きますよ。

メールだって実際は好きでもない相手に、
絵文字やハートマークを多用さえすれば
勘違いさせることができるわけです。

ですから、映画やテレビ番組のようなもの
だと考えた方が分かりやすいかも。

SNSでその人に興味を持つということは、
俳優さんやお笑い芸人さんたちが演じる
“仕事用”の役を好きになるようなものです。

「ターミネーター」や「ロッキー」を観て
シュワちゃんやスタローンを好きになる。

「半沢直樹」や「しゃべくり007」をみて
堺さんや名倉さんや有田さんを好きになる。

それで実際に会って話してみると

「思ってたのと全く違うね」

ってことになります。

そりゃそうですよ。

監督さんや脚本家の設定した通り、
カメラの前で演じただけなんですから。

フェイクなんですから、そもそも。

ですから、それを承知の上で楽しむ必要
があるわけです。

SNSで友達をつくるということは、
“SNS用”に準備された情報と友達になる
ようなものです。

そんなの不可能でしょ。

情報なんだから、フェイクなんだから。

人間って結構奥深いものがありますから、
実際に何十年も付き合っていても
全部を知ることが難しいものです。

対面で接していても難しいのに、
SNSじゃ何も分かりませんよね。

間違っても「人間関係が広がる」
なんてことは起こらないわけです。

あるとすれば、

「フェイクの人間関係が広がる」

ということでしょうか。

もう有るのか無いのか分からないような
ティッシュペーパーよりも薄い
ペラッペラな人間関係でしょう。

そんな友達?知り合い?

持てば持つほどなんだが虚しく
なりませんかね。

孤独という傷口に塩を塗り込むように、
余計に苦しむことになりますよ。

それともう一つ。

仮に、そのSNSで広がった人脈の中に
フェイクじゃない人がいたとしましょう。

まあいないでしょうけど、仮に、です。

思っていた通りの人だったとしましょう。

で、その人と会って話をしている状況を
想像してみてください。

私には、二人ともスマホをいじっている風景
しか浮かんでこないですね。

だって、SNS大好き人間なんですからね。

その時だけ切り離すわけないですよね。

当然のようにスマホを見ながら会話
するわけでしょ。

SNSで知り合った人と「いわゆる会話」
しながら目の前の人と対面するんでしょ。

それで、理解し合えるワケないんですよ。

ですから、「全部フェイク」という前提を
理解するか、しないのかで人生そのものが
大きく変わるんだと思います。

理解できれば、スマホを手放し、
SNSと別れ、そして本当の人間関係が
スタートするのかもしれません。

理解できなければ、まさにSNS地獄へ
真っ逆さまでしょう。

かなり綺麗事に聞こえるかもしれませんが、
本来、人間って自然の中に生きています。

空を見て、鳥の鳴き声を聞いて、風のにおい、
大地の安定感を感じながら歩く生き物です。

それが心も体も健康になる秘訣でしょう。

「スマホ歩き」じゃ、できないことです。

数インチの狭い画面ではなく、
広大な宇宙へと目線を移すことで
道は大きく拓けるような気がします。