TVゲームの終焉

山下です、

この前TVゲームの最新作を見て
ガックリしました。

進歩のなさに失望したんです。

初期のテレビゲーム(ファミコン)と
くらべると段違いに綺麗ですよ。

昔はドット表示で2Dだったのが、
今じゃリアルなCGだし、3Dですからね。

でも、全く興味が湧かないんですよね。

感動がないというか、ピクリとも
好奇心をくすぐられない。

「無」って感じです。

だからガッカリしたんです。

コンピューターの処理速度が増しても、
いくら開発者が毎日頑張ったとしても、
この程度かと..

なんか、根本的に期待していたものとは
違ったんですよね。

一言でいうなら、

「リアリティーがない」。

頑張ってリアリティーを追求している
心意気は感じられるんだけれども、
完全に空回り。

リアリティーの“り”の字もなかった昔の方が、
心にグッとくるものがありましたね。

まあ、実際にプレイしたわけじゃないし、
もう子供じゃないという理由もあるのかも
しれません。

でも、なんででしょうね。

リアリティーを追求すればするほど
リアリティーがなくなる現象。

不思議です。

いくら髪の毛や水面などの描写を
まるで実物のように描写したとしても、
一発でCGだと分かるんですよね。

「あ、頑張ったんだね」

で終わります。

感動がないんですよ。

全く。

それで、若干ショックでした。

映像をみても全く感動しない作品に。

全く心が動かない自分に。

..

「なぜ、感動しないのか」

私が考える理由は一つしかありません。

それは、

「想定外がない」

というもの。

今のCGは全て計算されて作られています。

全てが想定内なんです。

ゲームのストーリーにしても同じ。

どこにも想定外の要素がないんです。

ところが、現実は違う。

ほとんど全てが想定外です。

光の強さや反射、体の動かし方、
雲の動き、水面の波、生き物の成長など
目に見えるもの全て。

人間同士のコミュニケーション、感情の変化など
感じること全て。

想定できないのが、現実です。

だからリアリティーを感じることができる。

心を動かされ、感動できる現実には
想定外の出来事が必要なんですよね。

ですから、そもそも答えが決まっていて、
数式で描写されるようなCGと現実とは
相性が悪いのかもしれません。

TVゲームの新作をみて、
私はガッカリしました。

「何十年も切磋琢磨している業界だし、
すごい作品が出てくるんだろうな」

という淡い期待を裏切られたからです。

まあ、これも想定外だったわけですね。

私たちはこの宇宙のことについて
ほとんど何も知りません。

世の中の出来事について
予想することもできません。

想定外の連続を生きています。

もちろんビジネスでも同じ。

成功したといって喜んでみたり、
失敗したといって悲しんでみたり。

人間関係でも同じ。

好きな人と一緒に笑ったり、
嫌いな人と喧嘩したり。

全部が想定外。

そもそも私たちは計算不可能な世界を
生きているんですよね。

だから楽しい。

だから悲しい。

もしも台本通りの人生だったら、
クソつまらないですからね。

どんどん行動して、壁にぶち当たって
人から罵倒さながらも大成功する人に
私は敬意を表します。

決して多くはない収入だって、
理想的な体型じゃなくたって、
バシバシ想定外を叩き潰して生きる人に
私は敬意を表します。

「想定外よ、ありがとう」

って感じですね。