ズレた読書

山下です、

私は小学生の頃から「読書」が
大嫌いでした。

なぜ、あんなに毛嫌いしていたのか。

よく理由を考えるんです。

思い当たる理由はいくつもありますが、
その一つに

「読書自慢家」

の存在があります。

自慢するための読書

いますよね、「読書量」を自慢してくる人。

本を読むことで褒められる(と思っている)、
他人から評価される(と思っている)ために
読書している人、いますよね。

子供の頃、特に多かったんですよ。

図書室で本を1冊借りたら図書カードに
スタンプを1個もらえる決まりでしたが、
その図書カードが何枚目なのかを
アピールしてくる人。

あなたの学校にもいましたよね。

私、それが本当に大嫌いでした。

スタンプを増やすため、借りた冊数を自慢し
褒められるための読書だったら、何の意味も
ないじゃないかって思っていたんです。

読書をする“本来の目的”を見失った人たち。

そんな人たちが大嫌いでした。

だから、図書室にも近寄りませんでしたし、
読書自慢家たちを毛嫌いしていました。

私が本から離れた理由の一つです。

正直、これは今でも強く思います。

「毎月100冊読みますね」

とか読書アピールしたり、

「ほら、蔵書はこんなに沢山」

とかいう雰囲気で、自宅の本棚前で
ポージングしてみたりする人。

今だって大勢いますよ。

「いやいや、それがどうした」

って毎回思います。

読書って、本って、そういうモノじゃ
ないですよ。

いくら大量に読んだって、速読したって、
いくら綺麗に並べて見せたって、
ただの自己満足でしかないですよ。

もちろん全員そうだとは言いませんが、
99%以上の「読書自慢家」たちは
実際、大したことありません。

学問、芸術、ビジネス、スポーツ、
あらゆる分野で大きな実績を残す人。

そんな人ほど「自慢」しません。

本当の意味で本の価値、読書の意味を
熟知している人ほど「読書自慢」なんて
しませんよ、絶対に。

逆は逆。

大したことない人ほど「自慢」します。

なぜ、本を読むのか?

私が考える読書の目的、それは

「行動するため」

です。

もちろんコレだけではありませんが、
大部分を占めていると私は考えます。

ですから、どれだけ読書したって、
学んだって、それで

「何をしたのか」

っていう部分が重要なんですよね。

「朝から晩まで読みまくりました」

「本の虫と呼ばれていました」

とアピールしたところで、

「で、何をしたの?」

という質問に答えられなければ
全く意味のない行為でしょう。

ただの変態なんだろうと勘違い
されても、反論できません。

例えば野球。

いろんな選手のグローブやバット。

あらゆる試合の観戦チケット、グッズ。

選手名鑑やサイン入りカード。

全試合の詳細データを保存している、
そんな野球大好き人間がいたとします。

(実際、大勢います)

否定はしませんよ、いいんですよ。

趣味として、とことんのめり込んで、
大いに楽しんでもらえばいいことですよ。

でも、いくら集めたところで、
いくら大声でアピールしたところで、
その人は一本もヒットを打てません。

野球が上達することもありませんし、
選手にもなれませんし、結果も残せません。

永遠にムリです。

ただの「趣味」ですからね。

球団が儲かり、景気が良くなることに貢献する
ただの「良い人」ということになります。

読書もコレと全く同じで、本を読んだその後、

「一体何をしたいのか、何をするのか」

という部分が決定的に重要なんです。

本棚に集めるだけじゃ、ただの
「良いお客さん」でしかありません。

書店が儲かり、業界が潤うことに貢献した
「良い人」ということになりますよ。

テスト勉強も全く同じです。

高い点数を目指す意味
難関大学に入る意味

まさか自慢するため“だけ”じゃ
ないですよね。

本を読む意味
学習する意味

「自慢家」たちを見るたび、私は
もっと深く掘り下げる必要を感じます。